〜ゆるらいふ〜 後悔という言葉は私の辞書にはいらない

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私はよく1人で後悔について考える。

私は後悔という言葉があまり好きではない。

 

できることなら私の人生からなくしていきたいなと思っているくらい。

 

 

だって、後悔してるってことは自分が選んだ選択が間違っていたかもしれないと自分自身が否定することかな?と思うから。

 


人生は選択の連続。

その度にあっちのが良かったのかなと不安になることは沢山あって。

 

ケーキを食べる時でさえ、やっぱりチョコケーキの方が美味しかったかも。と思ったりもする。

 

 

恋愛でもそう。

告白しなきゃよかったかも。

逆に、告白しとけばよかった。とか。

 

 

そして、後悔という言葉を聞くと、頭によぎるこのフレーズ。

 

 

「やらなかった後悔よりも、やった後悔」

 

やってしまえば、あの時ああしたらよかったと後悔せずに、もう終わったことだと割り切れる。

 

でも、やらなかったら、あの時ああしてればよかったかもしれない、と終わったことなのに後を引きずってしまう。

 

 

だから、やらない後悔よりやった後悔と言うのだろうなというのは分かる。

心理学的にも、やらないよりもやってしまった方がその後の後悔は少なくなるという検証結果があるみたい。

 

 

でも、だからどうした。

と私は思ってしまう。

 

 

「やらない後悔よりやった後悔」

 

え、結局どちらにせよ後悔はしてるじゃん・・・笑

 

 

この言葉を初めに言った人は、きっとやることを選択した人なんじゃないかな。

 

 

・やってみて少しの後悔があったとしてとやらないよりかはよかった。経験にもなったし、あの時ああしてればと考えなくても済むし!!と自分を納得させたのか。

 


・やるという選択をして、その選択が正しかったと思えるような成果が得られたのか。

 

 

 

それは私には分からないけど、自分で選択した答えに納得したんだと思う。

 


そもそも「やる」という選択をすれば、「やらない」選択をした結果(未来)はわからないし。


「やらない」選択すれば「やる」という選択をした結果(未来)は分からないわけで。


少しでも後悔が少なく済むように。という人がいて、それは間違ってないけど後悔が少ないか少なくないかは、誰にも一生わからない。

 

 

どちらか一方しか選択することはできないからね。

 

 

どちらを選んでも、多少なりとも何らかの後悔はすると思う。

絶対に後悔のない選択なんてわたしはないって思うの。

 


何かをして、あー、やらなきゃよかったかもと思ったこともあるし、やっとけばよかったーと思うこともある。

 

 

でももう、選ばなかった方の人生はわからない。

もしかしたら、やらない方が良かったのかもしれないし、やったほうが良い結果だったかもしれない。


今はそう思ったとしても、それがあるから未来に繋がって結局長い目で見れば良い方向に向かえていたということもあるかもしれない。

 


やった後悔でも、やらなかった後悔でもどちらの後悔でも変わらないと思うのです。

 


なら、後悔している時間がもったいない。

 


どっちを選んだら正解かなんてものはないのだから、自分が選んだ道がどんなものであろうと

後悔なんていう言葉は使わずに、受け止めて前に進んでいく方がずっといい。

 

 

後悔している暇があったら、今の現実をどう変えるかを考えたい。

 


自分が選択した結果の今を後悔という言葉で片付けてしまいたくないと私は思う。

 

 

どんな選択をしても後悔をするのなら、選択をする時に死ぬほど考えて答えを出して、その選択がどうであれ

 

 

自分が死ぬほど考えて出した答えなのだか

ら!!!!!!!

 

と、自信を持って生きていきたいと私は思います。

 

 


いつか後悔という言葉が自分の人生からなくなって、どんな選択をしてもビバ!人生!と笑える器のでかい人間になりたいな。